特集 日本100名城



国宝・文化財・天然記念物・史跡名勝・博物館まとめて検索!

初めての土地に立ち寄ったとき、地域の建物や街並みを見て歩くクセがあります。
行きかう人の話、古い建物や地域特有の町並み、商店街や飲食店などでお国自慢や地域特有のものを見つけながら駅の周りをひとまわりするのが、旅や仕事で知らない街に立ち寄ったときの習慣になっています。

一般家屋などは地域による違いは見られなくなってきましたが、城や城下町には地域によってさまざまな特徴があり、古い町並みや遺構は長い時間を経た独特の貫禄、とでもいうような重厚感とそれらを守ってきた地域の人々の想いを感じさせてくれます。

特に城は町のシンボルとして、また心の拠り所として日本人の心に響いてきます。
明治の廃城令によって多くの城が取り壊されましたが、城に対する想いは「ふるさと」に対する想いなのでしょう、今現在も自治体や住民が主導となって発掘や復元が行われています。

この特集では、財団法人日本城郭協会が2006年に定めた「日本100名城」に基づき、最新の情報をリアルタイムに収集、表示しています。映像やQ&Aなどに寄せられた城に対する日本人の深い想いを改めて認識いただければと思います。

1 根室半島チャシ跡群 北海道 国の史跡 「根室半島チャシ跡群」(日本100名城 [No.1] 北海道)は、国の史跡に指定されています。

「チャシ」とは、1500年頃から1700年頃にアイヌ民族が砦として「コ」の字形や半円形の壕をオホーツク海の崖などに作ったもので、談判や祭祀を行う場としても使われたとされています。

根室には32ヶ所のチャシ跡があり、うち24ヶ所が国指定史跡となっています。

2 五稜郭 北海道 国の特別史跡 「五稜郭」(日本100名城 [No.2] 北海道)は、国の特別史跡に指定されています。

徳川幕府が元治元年(1864)に開港にともなう防衛拠点として築いた国内初の西洋式城郭。

蘭学者武田斐三郎が、防衛の死角が少ないヨーロッパ式の城郭構造を参考として設計に携わりました。

戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争で榎本武揚率いる幕府軍の拠点となり、新撰組の土方歳三はじめ多くの戦死者がこの地に眠っています。

維新後には裁判所として利用され、現在は北海道有数の観光地として、また市民の憩いの場となっています。

3 松前城 北海道 国の史跡 「松前城」(日本100名城 [No.3] 北海道)は、国の史跡に指定されています。

松前家の初代藩主・松前慶広が慶長11年(1606)に築城。

築城時から現存する本丸御門が国の重要文化財に指定されています。

戊辰戦争の最末期に、新選組の土方歳三率いる旧幕府の軍が拠点としたことでも知られ、
昭和16年(1941)に国宝に指定されましたが、昭和24年(1949)に消失、現在の天守閣は昭和36年(1961)に再建されています。

4 弘前城 青森県 国の史跡・現存天守 「弘前城」(日本100名城 [No.4] 青森県)は、国の史跡指定されています。

関東以北では唯一、江戸時代に建造された天守や櫓などが現存している城跡です。

5 根城 青森県 国の史跡 「根城」(日本100名城 [No.5] 青森県)は、国の史跡に指定されています。

建武元年(1334年)に南部師行により築城され、以来約300年間八戸地方の中心となった城です。

歴史、考古、民族博物館が併設され、根城の広場として公開されています。

6 盛岡城 岩手県 国の史跡 「盛岡城」(日本100名城 [No.6] 岩手県)は、国の史跡に指定されています。

慶長2年(1597)の起工で完成まで40年かかったと言われています。

会津の鶴ヶ城、白河の小峰城と並びんで東北三名城と呼ばれています。

建物は明治維新後に解体されましたが、花崗岩を積み上げた高い石垣は現存し、岩手公園として整備、公開されています。

7 多賀城 宮城県 国の特別史跡・日本三大史跡 「多賀城」(日本100名城 [No.7] 宮城県)は、国の特別史跡に指定されています。

神亀元年(724)の創建で、約900m四方の広大な城内には、重要な政務や儀式を行う政庁が置かれていました。

平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられています。

8 仙台城 宮城県 国の史跡 「仙台城」(日本100名城 [No.8] 宮城県)は、国の史跡に指定されています。

伊達六十二万石、青葉城の名で知られる仙台城は、
慶長15年(1610)に初代仙台藩主伊達政宗が築城し、以来約270年に渡り伊達氏の居城であり、仙台藩の政庁として機能しました。

現在は当時の建物は残っていませんが、石垣や櫓等現存し、政宗公の銅像を象徴として、仙台市内から太平洋までを望むことができます。

9 久保田城 秋田県 市文化財(御物頭御番所) 「久保田城」(日本100名城 [No.9] 秋田県)は、市文化財(御物頭御番所)に指定されています。

慶長7年(1602)に佐竹氏二十万五千八百石の居城として、複数の廓を備えた平山城です。

石垣はほとんどなく、堀と土塁を巡らした城で、天守閣は当初から作られませんでした。

現在は千秋公園として整備され、市民の憩いの場として、また、桜の名所としても親しまれています。

10 山形城 山形県 国の史跡 「山形城」(日本100名城 [No.10] 山形県)は、国の史跡に指定されています。

延文2年(1357)に最上氏の祖斯波兼頼が築城したと伝えられています。

現在は、二ノ丸塁濠のみが現存し、「霞城公園」として一般に開放されています。

平成3年3月(1991)に二ノ丸東大手門が市制100周年記念事業として、史実通りの木造建築で復原され、人気を集めています。

11 二本松城 福島県 国の史跡 「二本松城」(日本100名城 [No.11] 福島県)は、国の史跡に指定されています。

応永21年(1414)に畠山満泰が築城したとされ、豊臣秀吉以後は会津領に組み入れられました。

戊辰戦争二本松の戦いでは、7千の西軍に対して二本松軍はわずか千人。

13歳~17歳の少年
62名(昭和56年(1981)刊 「絵で見る二本松少年隊」による)が志願、「二本松少年隊」として戦いに参加し、そのほとんどが戦死した悲劇でも知られています。

現在は「霞ヶ城公園」として整備されており、石垣と再建された箕輪門があり、山上の本丸には天守台、石垣が近年になって再構築されました。

12 若松城 福島県 国の史跡 「若松城」(日本100名城 [No.12] 福島県)は、国の史跡に指定されています。

至徳元年(1384)に葦名直盛が黒川城を築城、元禄9年(1696)に三代将軍家光の弟・保科正之が葵の紋と松平姓を名乗り、
将軍家と深いつながりを持つようになりました。

文久2年(1862)、松平容保が京都守護職を命じられたことから会津の苦難が始まります。

幕末の京都での治安に京都所司代・京都町奉行・京都見廻役を傘下に置き、幕臣により結成された京都見廻組、私設軍であった新撰組をお預かりとし、
鳥羽伏見の戦いから鶴ヶ城籠城戦、青森県東部の斗南藩への転封など、明治維新における最大の被害者と言っても過言ではないと思います。

明治7年(1874)に鶴ケ城は廃城となり取り壊されましたが、住民の寄付を中心として昭和40年(1965)に再建を果たしました。

現在は松平氏庭園「御薬園」や町方伝承館とともに、城内を歴史博物館として公開されています。

13 白河小峰城 福島県 市指定史跡 「白河小峰城」(日本100名城 [No.13] 福島県)は、市指定史跡に指定されています。

興国・正平年間(1340~1369)に結城親朝が築城したと言われています。

慶応4年(1868)戊辰戦争白河口の戦いで落城しましたが、平成3年(1991)に三重櫓、平成6年(1994)に前御門が忠実に木造で復元されました。

現在(2014年5月)、城内は無料で公開されていますが、東日本大震災によって石垣が崩れ、入場できなくなっています。

14 水戸城 茨城県 国の特別史跡 「水戸城」(日本100名城 [No.14] 茨城県)は、国の特別史跡に指定されています。

平安時代末期の建久年間(1190年 – 1198年)に、馬場資幹によって築かれたとされています。

徳川御三家のひとつとして、水戸光圀(黄門)などはあまりにも有名です。

本丸は水戸第一高校の敷地にあり、土塁が残っています。

城跡も文教地区として幼小中高の各学校が建設されています。

15 足利氏館 栃木県 国の史跡 「足利氏館」(日本100名城 [No.15] 栃木県)は、国の史跡に指定されています。

12世紀の半ばに足利氏の祖・源義康が居館として建築したものとされています。

建久7年(1196)に足利義兼が邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祭り、
以後、鑁阿寺(ばんなじ)となり、現在に至っています。

16 箕輪城 群馬県 国の史跡 「箕輪城」(日本100名城 [No.16] 群馬県)は、国の史跡に指定されています。

戦国時代中期の永正9年(1512) 、長野業尚によって築城されたとされています。

榛名白川と榛名沼を天然の堀として利用し、東西約500m、南北約1Kmにおよぶ広大な敷地でした。

現在は、石垣・土塁・空堀の跡などを見ることができます。

17 金山城 群馬県 国の史跡 「金山城」(日本100名城 [No.17] 群馬県)は、国の史跡に指定されています。

文明元年(1469)に新田岩松氏によって築城されました。

標高239mの金山山頂の実城(みじょう)を中心に、四方に延びる尾根を利用して作られた戦国時代の山城です。

迷路のように分岐する通路や通行を遮断する堀切などが随所に作られ、堅固な守りと攻撃性を持つ戦闘城です。

18 鉢形城 埼玉県 国の史跡 「鉢形城」(日本100名城 [No.18] 埼玉県)は、国の史跡に指定されています。

文明8年(1476)に上杉氏の家臣長尾景春が築城したと伝えられています。

城は荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上に築かれ、天然の要害を利用した難攻不落の要塞となっていました。

現在は「鉢形城公園」として公開され、当時の堀や土塁、曲輪などを見ることができます。

19 川越城 埼玉県 県指定史跡 「川越城」(日本100名城 [No.19] 埼玉県)は、県指定史跡に指定されています。

長禄元年(1457)に、太田道真・道灌親子が築いたと伝えられています。

初雁城、霧隠城とも言われ、武蔵野台地の北東端に位置する平山城で、江戸の北を守る重要な位置にありました。

現在は、川越城本丸御殿を歴史資料館として公開しています。

20 佐倉城 千葉県 市指定史跡 「佐倉城」(日本100名城 [No.20] 千葉県)は、市指定史跡に指定されています。

天文年間(1532年から1552年)に、千葉氏の一族である鹿島幹胤が鹿島台に築いた中世城郭を原型として、
慶長16年(1611年)から元和2年(1616年)までの間に土井利勝によって築造されたといわれる平山城です。

鹿島川、高崎川と印旛沼低湿地に守られた鹿島山の西端部に築かれていました。

明治維新後に、城は撤去され、佐倉連隊の駐屯地となりましたが、大手門跡から西の台地は良好に保存されています。

21 江戸城 東京都 国の特別史跡 「江戸城」(日本100名城 [No.21] 東京都)は、国の特別史跡に指定されています。

長禄元年(1457)に太田道灌が築いた平山城です。

1603年(慶長8)に家康が幕府を開いた後、家光の代の寛永13年(1636)に江戸城の総構えが完成し、
周囲16kmの内郭を持つ日本最大の城郭となりました。

現在は皇居の濠周辺や北の丸周辺が「皇居外苑」として開放され、昭和天皇が愛した全国の草木を集めた庭園や芝生の広場などを見ることができます。

22 八王子城 東京都 国の史跡・日本五大山岳城 「八王子城」(日本100名城 [No.22] 東京都)は、国の史跡・日本五大山岳城に指定されています。

天正12年(1584)頃、北条氏照が築いた山城です。

豊臣秀吉の関東制圧の一環で、前田利家・上杉景勝軍により落城しました。

落城後、400年。

平成2年(1990)に、御主殿地区の石垣と虎口などの通路、御主殿に続く石畳や石垣が、発掘された当時のものを使って復元・整備され、公開されています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

23 小田原城 神奈川県 国の史跡 「小田原城」(日本100名城 [No.23] 神奈川県)は、国の史跡に指定されています。

15世紀の中頃、室町時代に西相模一帯を支配していた大森氏によって築城し、後に北条氏が100年に渡って城主となりました。

関東支配の中心として総構え9Kmに及ぶ壮大な城郭でしたが、明治3年に廃城となり解体、
また関東大震災時に残存していた石垣などもほぼ全壊してしまいました。

現在は、天守閣、隅櫓、常盤木門、馬出門などが史実に基づいて再建され一般に公開されています。

24 武田氏館 山梨県 国の史跡 「武田氏館」(日本100名城 [No.24] 山梨県)は、国の史跡に指定されています。

永正16年(1519)に武田信虎によって築かれた約200m四方、1万4千坪の方形の館です。

「躑躅が崎館」(つつじがさきやかた)とも呼ばれ、東日本最大級の戦国期居館として山梨を代表する史跡となっています。

25 甲府城 山梨県 県指定史跡 「甲府城」(日本100名城 [No.25] 山梨県)は、県指定史跡に指定されています。

天正18年頃、秀吉の甥にあたる羽柴秀勝が築城したとされています。

徳川体制以降も西側への備えとして20haほどの広大な城郭でした。

明治6年に廃城となり、現在は、城跡の一部が「舞鶴城公園」「甲府市歴史公園」として公開されています。

26 松代城 長野県 国の史跡 「松代城」(日本100名城 [No.26] 長野県)は、国の史跡に指定されています。

川中島合戦(天文22年(1553年)から永禄7年(1564年))の際に、武田側の拠点として築城されたといわれています。

明治5年に廃城、また火災などで石垣が残るのみの状態となりましたが、現在は発掘や文献をもとに、櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元され、公開されています。

27 上田城 長野県 国の史跡 「上田城」(日本100名城 [No.27] 長野県)は、国の史跡に指定されています。

天正11年(1583)に真田昌幸により築城されました。

徳川軍7,000余人の大軍が上田城を攻撃しますが、昌幸は巧みな戦略を用いて、わずか2,000人足らずでこれを撃退します
また、慶長5年(1600)に関ケ原の戦いでは、徳川秀忠軍3万8000人に対してわずか2500人で籠城戦を行い、
秀忠軍を翻弄、7日の足止めをし、秀忠軍は関ヶ原本戦に遅参、家康の逆鱗に触れることになりました。

後に昌幸の次男、幸村が率いる猿飛佐助、霧隠才蔵など忍者部隊が豊臣方として活躍する「真田十勇士」は、
数多く小説や舞台で演じられています。

現在は「上田城跡公園」として常時公開され、千本桜や欅並木など、花と緑に囲まれた公園として市民のやすらぎのスポットとなっています。

28 小諸城 長野県 「小諸城」(日本100名城 [No.28] 長野県)

天文23年(1554年)に武田信豊が築城したとされていますが、確かな文献等は見つかっていません。

白鶴城、酔月城とも呼ばれ、浅間山の火山灰で出来ている谷と丘を利用して城下町より低い穴城となっており、
城下町から城が見渡せる全国でも珍しい城でした。

現在は小諸城址懐古園として動物園や遊園地、美術館、郷土博物館などが公開されています。

29 松本城 長野県 国宝・国の史跡・現存天守 「松本城」(日本100名城 [No.29] 長野県)は、国宝・国の史跡・現存天守に指定されています。

文禄2年(593)に石川康長によって築城されました。

三重の水堀に囲まれた威容と、黒い色合いから「烏(からす)城」の名で親しまれています。

五重六階の天守は日本最古で、国宝に指定されています。

周辺は松本城公園として公開されています。

30 高遠城 長野県 国の史跡 「高遠城」(日本100名城 [No.30] 長野県)は、国の史跡に指定されています。

戦国時代、武田信玄の家臣であった山本勘助が改修した堅城です(築城年は不明)。

兜山城とも呼ばれています。

1582年(天正10年)に当時の城主、仁科盛信(信玄の五男)が織田信忠(信長の嫡男)軍の攻撃を受けて落城します。

信忠は、武田信玄の娘であり盛信の妹であった松姫と婚約をしており、松姫の悲恋として知られています。

現在は「高遠城址公園」として公開され、この地にしか咲かないコヒガンザクラ約1,500本があり、日本さくら名所100選に選定されています。

31 新発田城 新潟県 国の史跡 「新発田城」(日本100名城 [No.31] 新潟県)は、国の史跡に指定されています。

慶長3年(1598年)に、初代新発田藩主溝口秀勝が築城、
また、城の北に流れる加治川の堤防を切って城の廻りを水浸させ、敵から守る設計から
「浮舟城」「舟形城」また、周囲に菖蒲が多く咲いていたので「菖蒲(あやめ)城」、
おもしろいものでは、城の設計に携わった長井清左衛門の枕辺に稲荷の使いの狐が立ち、
白雪の上に尾で図を示して教えたという逸話から、「狐の尾引城(狐尾曳ノ城)」の異名も持っています。

忠臣蔵で有名な赤穂浪士・堀部安兵衛は新発田の生まれで、城の表門前に安兵衛の像が建立されています。

現在は自衛隊駐屯地が隣接しており、三階櫓に行けないなどの支障があるものの、
城から自衛隊が見える「戦国自衛隊の城」として、人気を集めています。

32 春日山城 新潟県 国の史跡・日本五大山岳城 「春日山城」(日本100名城 [No.32] 新潟県)は、国の史跡・日本五大山岳城・日本五大山岳城に指定されています。

南北朝時代(約600年前)には既に存在していたようですが、戦国時代の名将・上杉謙信・景勝が広大な城に築き上げたと言われています。

複雑な自然の地形を利用した城塞は、難攻不落、天下の名城といわれ、
現在も尾根を掘った空堀や延長1.2kmにも及ぶ総構などを見ることができます。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

33 高岡城 富山県 県指定史跡 「高岡城」(日本100名城 [No.33] 富山県)は、県指定史跡に指定されています。

慶長14年(1609)に前田利長により築城され、元和元年(1615)に一国一城令により廃城になっています。

現在では、高岡古城公園として公開され、3つの水濠に囲まれた日本有数の水濠公園しとして、
「甦る水100選」などにも選ばれています。

34 七尾城 石川県 国の史跡・日本五大山岳城 「七尾城」(日本100名城 [No.34] 石川県)は、国の史跡・日本五大山岳城に指定されています。

応永13年(1406)頃、畠山満則による築城とされています。

天正5年(1577)に上杉謙信によって落城、前田利家が入城しますが、あまりに峻嶮な地の城であったため、
小丸山城を築城し、「天宮」と言われた七尾城は廃城となりました。

現在、低石垣を五段に積み重ねた本丸の石垣を中心に、各曲輪の石垣のほとんどが現存しており、
山城の重要な遺跡として保存、公開されています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

35 金沢城 石川県 国の史跡 「金沢城」(日本100名城 [No.35] 石川県)は、国の史跡に指定されています。

文禄元年(1592)に前田利家が嫡子の利長に命じて築城しました。

明治以降、軍施設が置かれたため建物は大半が撤去され、
第二次世界大戦後は「お城のキャンパス」として知られた金沢大学が平成7年(1995年)まで置かれていました。

現在は、史実に基づいた復元工事が進められ、「金沢城公園」として公開されている。

36 丸岡城 福井県 重文・現存天守(現存最古) 「丸岡城」(日本100名城 [No.36] 福井県)は、国の重要文化財に指定されています。

天正4年(1576年)、柴田勝家の甥の勝豊が築城しました。

現存している天守閣としては最古のもので、急な階段や天井の間などが当時のまま残されています。

現在は、「霞ヶ城公園」として公開されており、日本さくら名所100選にも選定されています。

37 一乗谷城 福井県 国の特別史跡及び特別名勝 「一乗谷城」(日本100名城 [No.37] 福井県)は、国の特別史跡及び特別名勝に指定されています。

15世紀前半頃に築かれていたと考えられています。

現在も、曲輪、空堀、土塁などや、兵を伏しておく穴跡などが残っています。

現在、「一乗谷朝倉氏遺跡」として、当時の町並みなどが「町並み立体復元地区」として再現されており、
戦国大名朝倉家の一乗谷城下町が400年以上の歳月を経て蘇りつつあります。

38 岩村城 岐阜県 三大山城・日本の秘境100選 「岩村城」(日本100名城 [No.38] 岐阜県)は、三大山城・日本の秘境100選に指定されています。

戦国時代末期の16世紀中頃に遠山・武田氏によって本格的に築城されたと言われています。

江戸諸藩の中でも最も高い標高717mに築かれ、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した山城で、
霧の湧き易い気象も堅固な守りに利用した要塞城、別名「霧ケ城」とも呼ばれています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

39 岐阜城 岐阜県 市指定史跡 「岐阜城」(日本100名城 [No.39] 岐阜県)は、市指定史跡に指定されています。

建仁元年(1201年)に鎌倉幕府執事二階堂行政により砦が築かれたといわれ、斎藤道三の居城として、
また、永禄10年(1567年)に織田信長がこの城を攻略して城主となり、地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めました。

現在、鉄筋コンクリート造り3層4階構造で復元され、城内には史料展示室、楼上は展望台として公開されています。

40 山中城 静岡県 国の史跡 「山中城」(日本100名城 [No.40] 静岡県)は、国の史跡に指定されています。

永禄年間(1560年代)北条氏が小田原防衛のために創築したと言われています。

現在は「山中城跡公園」として公開され、400年前の遺構が忠実に復元された北条流の特徴的な堀などを見ることができます。

41 駿府城 静岡県 「駿府城」(日本100名城 [No.41] 静岡県)は、に指定されています。

慶長12年(1607年)に、将軍職を秀忠に譲った徳川家康が移り住んだ際に築城しました。

明治期に軍が置かれたため、内堀や建物は取り壊されましたが、東御門高麗門、東御門櫓門、二ノ丸坤櫓などが復元され、
現在は「駿府城公園」として公開されています。

42 掛川城 静岡県 「掛川城」(日本100名城 [No.42] 静岡県)

室町時代の文明年間(1469年–1487年)に、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させました。

戦国期に山内一豊が城主となったことで有名です。

平成6年(1994年)に天守閣が日本初となる「木造天守閣」として復元され、「東海の名城」と謳われた美しい姿を見ることができます。

43 犬山城 愛知県 国宝・現存天守 「犬山城」(日本100名城 [No.43] 愛知県)は、国宝に指定されています。

現存天守閣。

室町時代の天文6年(1537年)に織田信康(織田信長の叔父)によって建てられ、日本最古の様式を持つ天守閣が現存しています。

44 名古屋城 愛知県 国の特別史跡・三名城 「名古屋城」(日本100名城 [No.44] 愛知県)は、国の特別史跡・三名城に指定されています。

慶長15年(1610年)に、徳川家康が築城し、「名(めい)城」また、名古屋の象徴とも言える天守閣の金の鯱(しゃちほこ)にちなみ、
「金鯱城」、「金城」とも呼ばれています。

現在は、「名城公園」として公開され、天守閣を現在の鉄筋コンクリートから木造で復元するプロジェクトが進められています。

三名城は、城郭の規模、設計者(加藤清正・藤堂高虎が設計した城)、名城百選などで選出に違いがあります。

いずれかに入っているものとして江戸城、名古屋城、大坂城、姫路城、熊本城があり、
名古屋城のみすべての選出に入っています。

45 岡崎城 愛知県 市指定史跡 「岡崎城」(日本100名城 [No.45] 愛知県)は、市指定史跡に指定されています。

享禄4年(1531年)に徳川家康の祖父、松平清康が築城しました。

「龍城」とも呼ばれています。

徳川家康はが天文11年(1542年)12月26日に、この岡崎城内で誕生しました。

現在、天守閣が復元され(昭和34年(1959年))、歴史資料館として公開されています。

46 長篠城 愛知県 国の史跡 「長篠城」(日本100名城 [No.46] 愛知県)は、国の史跡に指定されています。

永正5年(1508年)に、菅沼元成が築城しました。

天正3年(1575)5月、武田勝頼軍1万5千が来襲、長篠城主奥平貞昌以下500の兵で応戦し、織田信長3万、徳川家康8千の援軍によって、
勝頼が敗走し、武田氏の没落と織田・徳川の日本制覇を決定づけた「長篠の戦い」で知られています。

この戦いによって長篠城は廃城となりましたが、現在も本丸付近には多くの遺構が残っており、
「長篠城趾史跡保存館」では「長篠の戦い」を含む長篠城にゆかりの資料が展示、公開されています。

47 伊賀上野城 三重県 国の史跡 「伊賀上野城」(日本100名城 [No.47] 三重県)は、国の史跡に指定されています。

天正13年(1585年)、大和郡山から移封された筒井定次が築城しました。

慶長5年(1600年)に藤堂高虎が入城し、西側(大坂勢)への守りを強化する大規模な改修が行われています。

現在は「上野公園」として公開され、昭和10年(1935年)に私財によって再興された天守閣や、
「伊賀流忍者博物館」「芭蕉翁記念館」など観光地として人気のスポットとなっています。

48 松坂城 三重県 県指定史跡 「松坂城」(日本100名城 [No.48] 三重県)は、県指定史跡に指定されています。

秀吉時代の天正16年(1588年)に蒲生氏郷によって築城されました。

現在は石垣が残るのみとなっていますが、桜と藤の名所「松阪公園」として公開され、
「本居宣長記念館」「歴史民俗資料館」「武家長屋の御城番屋敷」などがあります。

49 小谷城 滋賀県 国の史跡・日本五大山城 「小谷城」(日本100名城 [No.49] 滋賀県)は、国の史跡・日本五大山城に指定されています。

大永4年(1524年)頃に築城されたと言われている、戦国期の山城です。

浅井長政とお市(信長の妹)の娘、豊臣秀吉側室となった茶々、京極高次正室の初、徳川秀忠継室の江)が誕生した城として知られています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

50 彦根城 滋賀県 国宝・現存天守・国の特別史跡及び名勝 「彦根城」(日本100名城 [No.50] 滋賀県)は、国宝・現存天守・国の特別史跡及び名勝に指定されています。

徳川家康の命により、慶長9年(1604)に築城されました。

「金亀城(こきんじょう)と呼ばれます。

徳川四天王の一人、井伊直政が死去し、直継が城主となりました。

明治天皇の命によって天守が保存され、国宝として現存しています。

51 安土城 滋賀県 国の特別史跡 「安土城」(日本100名城 [No.51] 滋賀県)は、国の特別史跡に指定されています。

慶長2年(1579年)に織田信長が築いた五層七階の大型の天主(安土城に限り天守ではなく天主と言います。

神になりたかったとされる信長ならではのこだわりと推測されます)を持つ城で、金の鯱(シャチホコ)を初めて乗せたのも安土城だと言われています。

築城からわずか3年後に消失したため、「幻の名城」と言われ、現在は石垣や天主跡が残るのみですが、信長のパワーやカリスマ性を慕い、多くの人が訪れています。

52 観音寺城 滋賀県 国の史跡・日本五大山城 「観音寺城」(日本100名城 [No.52] 滋賀県)は、国の史跡・日本五大山城に指定されています。

築城時期は不明ですが、応仁2年(1468年)に完成し、さらに弘治2年(1556年)に石塁が大改修されたといわれています。

標高4339mの南北に伸びる繖山(きぬがさやま)の山上に築かれ、当時では珍しく石垣を組んだ堅牢な造りになっています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

53 二条城 京都府 世界遺産・国宝6棟・国の史跡及び名勝 「二条城」(日本100名城 [No.53] 京都府)は、世界遺産・国宝(6棟)・国の史跡及び名勝に指定されています。

慶長8年(1603年)に徳川家康が西日本の諸大名に命じて、京の宿館として建設した平城です。

幕末の慶応3年(1867年)には15代将軍慶喜が大政奉還を行ったところとしても知られ、
城内に現在の内閣にあたる太政官代が置かれました。

二の丸御殿6棟が国宝に,本丸御殿隅櫓など22棟の建物が重要文化財指定に指定されており、
平成6年(1994)には世界遺産に登録されています。

54 大坂城 大阪府 国の特別史跡・三名城 「大坂城」(日本100名城 [No.54] 大阪府)は、国の特別史跡・三名城に指定されています。

天正11年(1583年)、豊臣秀吉が築城を開始しました。

1620年(元和5年)から、二代将軍徳川秀忠によって大坂城の再建が始められ、1629年(寛永6年)に完成ししました。

明治期より大阪砲兵工廠(現在の大坂城ホールの位置)が設けられたため、第二次世界大戦では米軍の空襲により多くの櫓や門が消失しています。

落雷などにより、長らく天守を持たない城でしたが、昭和6年(1931年)に復興され、
現在は「大阪城公園」として観光や市民の憩いの場となっています。

三名城は、城郭の規模、設計者(加藤清正・藤堂高虎が設計した城)、名城百選などで選出に違いがあります。

いずれかに入っているものとして江戸城、名古屋城、大坂城、姫路城、熊本城があり、
名古屋城のみすべての選出に入っています。

55 千早城 大阪府 国の史跡 「千早城」(日本100名城 [No.55] 大阪府)は、国の史跡に指定されています。

元弘2年(1332年)に楠木正成によって築城されました。

翌元弘3年(1333)に百万とも言われる鎌倉幕府軍に対し、楠木軍は千人余りで千早城に立て籠もり、
知略の限りを尽くした籠城戦で100日以上の戦いの末幕府軍を撤退させました。

56 竹田城 兵庫県 国の史跡 「竹田城」(日本100名城 [No.56] 兵庫県)は、国の史跡に指定されています。

嘉吉年間(1441年 – 1443年)に築城されたと言われています。

虎が臥せているように見えることから「虎臥城(とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれ、
朝霧の中に浮かぶ城から「天空の城」、「日本のマチュピチュ」と呼ばれ、その幻想的な姿とを求めて観光客が大勢訪れます。

また、全国の観光地域の中からプロポーズにふさわしいロマンティックなスポット「恋人の聖地」としての認定を受け、
訪れる若いカップルが急増しています。

57 篠山城 兵庫県 国の史跡 「篠山城」(日本100名城 [No.57] 兵庫県)は、国の史跡に指定されています。

慶長14年(1609年)に西国諸大名のおさえとして、徳川家康の命により築城され、松平家の居城として使われました。

明治期に入り、二の丸の大書院をのみ残されていましたが、失火により焼失、2000年に再建され、歴史資料館として公開されています。

58 明石城 兵庫県 国の史跡 「明石城」(日本100名城 [No.58] 兵庫県)は、国の史跡に指定されています。

元和5年(1619年)小笠原忠真により築城されました。

明治期に城は解体されましたが、県立明石公園として多くの樹木や植物が植えられ、
図書館や芝生の広場を備えた公園として公開されています。

59 姫路城 兵庫県 世界遺産・国宝 「姫路城」(日本100名城 [No.59] 兵庫県)は、国宝に指定されています。

正平元年(1346年)に、赤松貞範によって築城が開始されたと言われ、
慶長6年(1601年)、池田輝政が現在の形への改築したとされています。

江戸時代以前に建設された天守が現存する「現存12天守」の一つで、
その美しい形から「白鷺城」とも呼ばれ、軍事的・芸術的にもっとも完成された文化財として日本初の世界遺産として登録されています。

三名城は、城郭の規模、設計者(加藤清正・藤堂高虎が設計した城)、名城百選などで選出に違いがあります。

いずれかに入っているものとして江戸城、名古屋城、大坂城、姫路城、熊本城があり、
名古屋城のみすべての選出に入っています。

60 赤穂城 兵庫県 国の史跡及び名勝 「赤穂城」(日本100名城 [No.60] 兵庫県)は、国の史跡及び名勝に指定されています。

慶安元年(1648年)に、浅野長直が築城しました。

日本で最も著作や舞台での上演回数が多く、日本人なら誰でも知っていると言っても過言ではない「忠臣蔵」のふるさととして有名です。

61 高取城 奈良県 国の史跡・三大山城 「高取城」(日本100名城 [No.61] 奈良県)は、国の史跡・三大山城に指定されています。

元弘2年(1332年)に、南朝方に属した高取の豪族、越智八郎が築城したと言われています。

高取山(583.9m)の山頂に築かれた山城で、城内周囲約3Km、城郭周囲約30Kmという広大な物で、
山頂と谷底の比高が390mと日本で最も高低差のある峻険に地形に建てられています。

山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

62 和歌山城 和歌山県 国の史跡及び名勝・三大連立式平山城 「和歌山城」(日本100名城 [No.62] 和歌山県)は、国の史跡及び名勝・三大連立式平山城に指定されています。

天正13年(1585年)に豊臣秀吉が弟の秀長に築城させました。

標高48.9mの虎伏山(とらふすやま)に建造され、徳川家康の10男・頼宣(よりのぶ)の入城以来、紀州徳川55万5千石として、水戸・尾張と並び、徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻んできました。

現在は、本丸と二の丸が「和歌山城公園」として整備・公開されています。

63 鳥取城 鳥取県 国の史跡 「鳥取城」(日本100名城 [No.63] 鳥取県)は、国の史跡に指定されています。

天文年間(1532年~1555年)に、但馬山名氏によって築城されたと言われています。

吉川経家が城主であった天正6年(1578年)に、豊臣秀吉による包囲兵糧攻め、餓死者が続出し人肉を食らう者まで現れたと伝えられ「鳥取の飢え殺し」と呼ばれる悲惨な結果うんだ籠城戦の逸話で有名です。

64 松江城 島根県 国の史跡・現存天守・三大湖城 「松江城」(日本100名城 [No.64] 島根県)は、国の史跡・現存天守・三大湖城に指定されています。

慶長16年(1611年)に、堀尾忠氏によって築城されました。

山陰地方で唯一江戸時代初期の天守が現存しているお城です。

現在は、「日本さくら名所100選」にも選ばれた「松江城山公園」として公開され、春には歴史のある城郭をソメイヨシノ・ヤエザクラ・シダレザクラなど約220本の桜が彩りを添えています。

65 月山富田城 島根県 国の史跡・日本五大山岳城 「月山富田城」(日本100名城 [No.65] 島根県)は、国の史跡・日本五大山岳城に指定されています。

保元・平治頃(1156~1159)、平家の平景清によって築城されたと言われています。

数々の戦において一度も落城しなかった天下の名城として知られ、「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と月に祈り、主家への忠義を貫いた山陰の麒麟児、山中鹿介の逸話でも有名です。

※山城は、天然の峻剣な地形を利用した堅固な守りと、高所からの有利な攻撃性の利点を生かし、
中世から近世(戦国時代)に多くが築城されました。

日本三大山城として、岩村城(岐阜県)、高取城(奈良県)、備中松山城(岡山県)が選出されており、
日本五大山岳城として、月山富田城(島根県)、七尾城(石川県)、観音寺城(滋賀県)、春日山城(新潟県)、小谷城(石川県)と八王子城(東京都)は選者の違いによって選出が異なります。

66 津和野城 島根県 国の史跡 「津和野城」(日本100名城 [No.66] 島根県)は、国の史跡に指定されています。

永仁3年(1295年)に、吉見頼行が築城しました。

比高200mの山上に築かれた山城で、「三本松城」とも呼ばれていました。

現在では石垣や曲輪跡、石畳などを見ることができます。

67 津山城 岡山県 国の史跡・三大平山城 「津山城」(日本100名城 [No.67] 岡山県)は、国の史跡・三大平山城に指定されています。

慶長9年(1604)、初代津山藩主・森忠政が築城しました。

現在は約千本のサクラが植樹され、「日本さくらの名所100選」にも選出、多くの花見客・観光客で賑わいを見せています。

※平山城(ひらやまじろ)は、平野の中にある山や丘などに築城された城のことを言い、
戦国期の終わり頃から江戸時代後期までに多数が築かれました。

戦国初期の攻撃性防御機能と政庁の役割を併せ持ち、領地統括や経済の中心的役割も果たしました。

津山城(岡山県)、姫路城(兵庫県)、松山城(愛媛県)が三大平山城とされています。

68 備中松山城 岡山県 国の史跡・現存天守・三大山城 「備中松山城」(日本100名城 [No.68] 岡山県)は、国の史跡・現存天守・三大山城に指定されています。

鎌倉時代の延応2年(1240年)に秋庭三郎重信が臥牛山に砦を築いたことに始まり、現存する天守などは天和3年(1683)に水谷勝宗により修築されたものと言われています。

「山城」で天守が現存している城はこの備中松山城のみで 歴史的にも高い価値があります。

69 鬼ノ城 岡山県 国の史跡 「鬼ノ城」(日本100名城 [No.69] 岡山県)は、国の史跡に指定されています。

7世紀後半頃に大和朝廷の命によって築かれたとされています。

昔話の「桃太郎」や吉備津彦命と鬼「温羅(うら)」が戦った伝説の舞台として、古くから親しまれてきたお城です。

昭和53年(1978年)以来、発掘調査等によって角楼や城門などが見つかり、規模の大きな山城としての姿が浮かび上がってきましたが、まだまだ謎に包まれた存在として研究、復元が進められています。

70 岡山城 岡山県 国の史跡及び特別名勝 「岡山城」(日本100名城 [No.70] 岡山県)は、国の史跡及び特別名勝に指定されています。

正平年間(1346年~1369年)に、上神太郎兵衛尉高直によって築城されたと言われています。

漆黒の外壁から「烏城」、また宇喜多秀家が天守に金の鯱を置いたことから「金烏城」とも呼ばれています。

現在は「烏城」公園として公開され、川面に映える漆黒の城として岡山のシンボルとなっています。

71 福山城 広島県 国の史跡 「福山城」(日本100名城 [No.71] 広島県)は、国の史跡に指定されています。

元和8年(1622年)水野勝成が備後10万石の領主となって築いたお城です。

天守閣の内部は、歴代藩主の遺跡や資料のほか、考古・歴史資料などを収蔵・展示する博物館として公開されています。

72 吉田郡山城 広島県 国の史跡 「吉田郡山城」(日本100名城 [No.72] 広島県)は、国の史跡に指定されています。

南北朝時代に毛利氏によって築城されたと言われています。

城域は東西約1.1km、南北約0.9kmに渡り、南側に内堀、城内には寺院などが建立されていました。

73 広島城 広島県 国の史跡 「広島城」(日本100名城 [No.73] 広島県)は、国の史跡に指定されています。

天正16年(1588年)に毛利輝元によって築城された近世城郭の代表的なお城です。

現在は広島城全域が広島城址公園となっており、復元された大天守は歴史博物館として利用されています。

74 岩国城 山口県 「岩国城」(日本100名城 [No.74] 山口県)は、に指定されています。

慶長13年 (1608年) に、初代岩国藩主の吉川広家が築城しました。

幕府の一国一城令により、築城より僅か7年後に取り壊しとなり、現在の天守は昭和37年 (1962年) に復元されています。

75 萩城 山口県 国の史跡 「萩城」(日本100名城 [No.75] 山口県)は、国の史跡に指定されています。

慶長9年(1604年)に毛利輝元が築城しました。

指月山麓にあるため、「指月城」とも呼ばれています。

現在は「萩城跡指月公園」として、春にはミドリヨシノ(県の天然記念物)を始め、600本余りのソメイヨシノが咲く、桜の名所となっています。

76 徳島城 徳島県 国の史跡及び名勝 「徳島城」(日本100名城 [No.76] 徳島県)は、国の史跡及び名勝に指定されています。

天正13年(1585)に蜂須賀家政が築城した屋形造りの平山城です。

第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)7月4日の徳島大空襲の際に、城跡内のほとんどの建物や唯一現存していた鷲之門も焼失しましたが、現在は復元され、庭園や博物館などが整備されています。

77 高松城 香川県 国の史跡・三大水城 「高松城」(日本100名城 [No.77] 香川県)は、国の史跡・三大水城に指定されています。

天正16年(1588年)に生駒親正が築城しました。

現在は「玉藻公園」として公開され、天守閣の石垣修復に伴い、天守閣の復元が行われています。

78 丸亀城 香川県 国の史跡・現存天守 「丸亀城」(日本100名城 [No.78] 香川県)は、国の史跡・現存天守に指定されています。

室町初期に奈良元安によって築城されました。

現在の形は、慶長2年(1597年)豊臣時代に生駒親正が支城として築いたもので、木造天守が高さ日本一の石垣の上に現存しています。

79 今治城 愛媛県 県指定史跡・三大水城 「今治城」(日本100名城 [No.79] 愛媛県)は、県指定史跡・三大水城に指定されています。

慶長7年(1602年)に藤堂高虎が築城しました。

吹揚城(ふきあげじょう)とも呼ばれています。

瀬戸内海に面した海岸に大規模な平城で、明治期に建物は取り壊されましたが、現在、天守閣をはじめ櫓や門が再建されています。

80 湯築城 愛媛県 国の史跡 「湯築城」(日本100名城 [No.80] 愛媛県)は、国の史跡に指定されています。

建武年間(1334~1338)に河野通盛によって築城されたと言われています。

後に小早川隆景、福島正則の居城となり、その後廃城となりました。

現在は「道後公園」として効果水されており、道後温泉の観光名所のひとつとなっています。

81 松山城 愛媛県 国の史跡・三大平山城・現存天守・三大連立式平山城 「松山城」(日本100名城 [No.81] 愛媛県)は、国の史跡・三大平山城・現存天守・三大連立式平山城に指定されています。

慶長7年(1602年)に加藤嘉明が築城しました。

昭和24年(1949年)までに火災や戦災のために19棟の小天守や櫓が失われ現存建築は21棟にまで減少しましたが、昭和41年(1966年)から全国にも例を見ない総木造による復元が行われました。

現在は「松山城山公園」として公開されています。

※平山城(ひらやまじろ)は、平野の中にある山や丘などに築城された城のことを言い、
戦国期の終わり頃から江戸時代後期までに多数が築かれました。

戦国初期の攻撃性防御機能と政庁の役割を併せ持ち、領地統括や経済の中心的役割も果たしました。

津山城(岡山県)、姫路城(兵庫県)、松山城(愛媛県)が三大平山城とされています。

※連立式平山城とは、厳重な防備や籠城を意識し、天守と小天守や櫓が四角になるように渡り廊下や多聞櫓でつながれた構造を持った平山城のことを言います。

姫路城(兵庫県)、松山城(愛媛県)、和歌山城(和歌山県)が三大連立式平山城とされています。

82 大洲城 愛媛県 県指定史跡 「大洲城」(日本100名城 [No.82] 愛媛県)は、県指定史跡に指定されています。

元弘元年(1331年)に宇都宮豊房によって築城されたといわれています。

その後、藤堂高虎等によって大規模に修築されました。

天守は明治維新後も残りましたが、明治21年(1888年)に老朽化に解体、平成16年(2004年)に復元されています。

83 宇和島城 愛媛県 国の史跡・現存天守 「宇和島城」(日本100名城 [No.83] 愛媛県)は、国の史跡に指定されています。

天慶4年(941年)に藤堂高虎によって築城されました。

寛文11年(1671年)に伊達宗利が改修した天守閣が現存しています。

84 高知城 高知県 国の史跡・現存天守 「高知城」(日本100名城 [No.84] 高知県)は、国の史跡に指定されています。

・現存天守としても有名です。

慶長6年(1601年)に山内一豊が築城しました。

享保12年(1727年)の大火で追手門以外の城郭のほとんどを焼失しましたが、宝暦3年(1753)までに創建当時の姿のまま再建され、当時の天守閣が現存しています。

85 福岡城 福岡県 国の史跡 「福岡城」(日本100名城 [No.85] 福岡県)は、国の史跡に指定されています。

1601年に初代福岡藩主・黒田長溥によって築城されました。

幕府への遠慮から天守は造築されなかったとされていますが、最新の研究によって解体されたという記述も発見されています。

現在は、「舞鶴公園」として公開されており、平和台陸上競技場、平和台野球場、裁判所、美術館などの公共施設が整備されています。

86 大野城 福岡県 国の特別史跡 「大野城」(日本100名城 [No.86] 福岡県)は、国の特別史跡に指定されています。

飛鳥時代(664年頃)に大和朝廷の命によって亡命百済貴族の憶礼福留、四比福夫に命じて大宰府防衛のために築かせたと日本書紀に書かれている朝鮮式山城です。

現在は「福岡県立四王寺県民の森」として整備が進められており、子供の国広場」や「焼米ヶ原広場」などの施設や、「鏡ヶ池」、「岩屋城跡」などの史跡を楽しむことができます。

87 名護屋城 佐賀県 国の特別史跡 「名護屋城」(日本100名城 [No.87] 佐賀県)は、国の特別史跡に指定されています。

1591年 豊臣秀吉によって、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の出兵拠点として築城されました。

城郭3kmの範囲には、130箇所以上におよぶ全国の諸大名の陣屋跡が分布しており、昭和51年(1976)以来、現在も発掘調査と保存整備が進められています。

88 吉野ヶ里遺跡 佐賀県 国の特別史跡 「吉野ヶ里遺跡」(日本100名城 [No.88] 佐賀県)は、国の特別史跡に指定されています。

元前3世紀から紀元後3世紀までの弥生時代の大規模な環濠集落で、日本の古代の歴史を解き明かす上で極めて貴重な地域として、発掘調査や保全活動が続けられています。

89 佐賀城 佐賀県 県指定史跡 「佐賀城」(日本100名城 [No.89] 佐賀県)は、県指定史跡に指定されています。

慶長7年(1602年)に鍋島直茂・勝茂によって築城されました。

城から遠ざかるにつれ、壮大な天守が楠や松の林に視界を遮られることから、「沈み城」とも言われています。

現在、「佐賀城公園」として公開され、佐賀十代藩主鍋島直正が天保期に再建した本丸御殿(1838年完成)の一部を忠実に復元した「佐賀城本丸歴史館」などが整備されています。

90 平戸城 長崎県 「平戸城」(日本100名城 [No.90] 長崎県)は、に指定されています。

慶長4年(1599年)に松浦鎮信によって築城されました。

亀岡城とも言われています。

昭和37年(1962年)に平戸市により復元され、現在は亀岡公園として、運動公園や広場が整備されています。

91 島原城 長崎県 市指定史跡 「島原城」(日本100名城 [No.91] 長崎県)は、市指定史跡に指定されています。

元和4年(1618年)に松倉重政によって築城されました。

現在の城は昭和39年(1964年)年に再建されたもので、歴史資料やキリシタン史料などの歴史資料館となっています。

92 熊本城 熊本県 国の特別史跡・三名城 「熊本城」(日本100名城 [No.92] 熊本県)は、国の特別史跡・三名城に指定されています。

慶長12年(1607年)に加藤清正が築城しました。

加藤家が改易された後、豊前小倉城主であった細川忠利が入城、以来明治維新まで細川代々の城となりました。

現在、熊本市が中心となり、熊本城址全体にわたる復元整備が実行されています。

※三名城は、城郭の規模、設計者(加藤清正・藤堂高虎が設計した城)、名城百選などで選出に違いがあります。

いずれかに入っているものとして江戸城、名古屋城、大坂城、姫路城、熊本城があり、
名古屋城のみすべての選出に入っています。

93 人吉城 熊本県 国の史跡 「人吉城」(日本100名城 [No.93] 熊本県)は、国の史跡に指定されています。

元久年間(1204年 – 1206年)に相良長頼によって築城されたと言われています。

明治10年(1877年)の西南戦争では西郷隆盛軍の拠点となったことで知られ、戦の際に建造物も全焼しましたが、
現在は人吉城公園として整備され、櫓などの復元も進んでいます。

94 大分府内城 大分県 県指定史跡 「大分府内城」(日本100名城 [No.94] 大分県)は、県指定史跡に指定されています。

慶長4年(1599年)に石田三成の妹婿、福原直高によって築城され、慶長6年(1601年)に府内に入った竹中重利が修増築と城下町の建設を行いました。

現在は「大分城址公園」として、お城の周りを一周できる周回路や文化会館などが整備されています。

95 岡城 大分県 国の史跡 「岡城」(日本100名城 [No.95] 大分県)は、国の史跡に指定されています。

文治元年(1185年)に緒方惟義が築城しました。

標高325mの天神山山頂に築かれ、総面積は23万4千平方メートルという広大なものでした。

瀧廉太郎が、この岡城をモデルとして書いたのが「荒城の月」と言われていいます。

96 飫肥城 宮崎県 市指定史跡 「飫肥城」(日本100名城 [No.96] 宮崎県)は、市指定史跡に指定されています。

天正16年(1588)、伊東祐兵によって築城されたと言われています。

城跡の敷地内には、「歴史資料館」や「松尾の丸」、飫肥藩の藩校であった「振徳堂」や武家屋敷、石垣が残っており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

97 鹿児島城 鹿児島県 県指定史跡 「鹿児島城」(日本100名城 [No.97] 鹿児島県)は、県指定史跡に指定されています。

慶長6年(1601年)に、島津家久によって築かれた薩摩藩の本拠地であった城です。

七十七万石の大家の居城とは思われないほど天守も重層櫓も備えていない屋形造りの質素な城郭ながら、城郭に武家屋敷を配する”麓”と呼ばれる外城制を持ち、町全体が攻防に備えた布陣となっていました。

「鹿児島は城をもって城とせず、人をもって城となす」の精神が貫かれた城と言えます。

現在残っているのは石垣のみで、本丸跡の黎明館があり、前庭には篤姫の像があります。

98 今帰仁城 沖縄県 世界遺産・国の史跡 「今帰仁城」(日本100名城 [No.98] 沖縄県)は、国の史跡に指定されています。

13世紀にやんばるの地を守る要の城として築城絵され、標高約100mの、南北350m、東西800 m、面積37,000m²の県内最大級の城(グスク)として、
堅牢な城壁に囲まれていました。

平成12年(2000年)に世界遺産として登録され、さらに発掘、整備が進んでいます。

99 中城城 沖縄県 世界遺産・国の史跡 「中城城」(日本100名城 [No.99] 沖縄県)は、国の史跡に指定されています。

14世紀中頃(室町時代)から築城が始まり、15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸のグスク(城)として知られています。

ペリー探検隊一行がエジプト式と評した精巧なアーチ門など石積み技術の高さは高く評価されています。

100 首里城 沖縄県 世界遺産・国の史跡 「首里城」(日本100名城 [No.100] 沖縄県)は、国の史跡に指定されています。

最古の遺構は14世紀末のものと推定され、首里王府の司令塔として王とその家族等が住み、近隣国(中国、日本、朝鮮、東南アジアの国々等)と外交、貿易行い、独自の華麗な文化を築いていました。

昭和20年(1945年)の沖縄戦で焼失しましたが、平成4年(1992年)沖縄の本土復帰20周年を記念して復元され、沖縄のシンボルとして蘇りました。

平成12年(2000年)12月に『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産に登録されました。


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